日々掘削

雑事徒然

無題

 

人生は難しい

    真に望んだものは手に入らないし、失ってから あぁ、本当に欲しかったものが手元にあったんだな。 と気付くこともままある。

それに気付いてから修復できるような状態では気付けないものだから、またタチが悪い。

どこまでいってもコミュニケーション社会。どう足掻こうが、自分ひとりで完結して生きていくことなど出来ない。

唯一許されるのが、自ら命を断つ事だと思っていたのだけれど、それすら上手く出来ない。(電気工事とやらで邪魔をされました)

こんなもの、思い立った勢いでしか出来ないのに。そりゃ怖い。とても長い時間蝕まれて感覚が麻痺してるといえど、怖いものはどうあっても怖い。  

    思い返せばその都度救われてきた。

手を差し伸べてもらった事もあるが、ふとした外的要因でタイミングを逃した事も多い。

「運がいいよ!一度死んだと思ってまたイチから前向きに頑張ればいいじゃない!」

馬鹿かと思う。

「死ぬくらいなら何でも出来るさ!これから先楽しい事いっぱいあるんだよ?」

そんな事わかってる。マトモな脳みそしてたら、今まであったたくさんの素晴らしい事より、重く感じてしまった事の比重が大きくてこういう思考に凝り固まってしまったと言う事ぐらいわからないのか。目を伏せる臭い物に蓋をする事ほど愚の骨頂はないと思う。

と、マトモじゃない私に言われても何も動かないであろう。

どうかはしてるんだろう。どうかしてるんだろうなぁ。というくらいの自覚はある。

    確かに、視界が狭まりもう決めてしまった事しか見えていないというのも事実である。

誰しも嫌に感じる事や逃げたい事、出来れば避けたい事、生理的嫌悪感を感じる事はあると思う。私はただその一つ一つの些細な事が増え過ぎた。性格的な欠陥なのだろう。

そろそろ、ただ呼吸をして飯を食って働いて寝てという、人間的生活の根幹をなすライフワークに支障をきたすくらいにまで膨れ上がってしまった。

    「視野を広く持つ」という事をすれば、おそらく取るに足らない事なんだろうと思う。ただ、色々な何かに怯え、常に何かを警戒し、素晴らしく温かい物にまで猜疑心の目を向けるのはもう嫌だ。

そのほとんどが自業自得なのと、それを自覚しているのに向き合おうとしないのは本当に救いようがないと思う。

何をするにしても、どう転ぶにしても、結局自分次第である。

他人に救われる事はあると思う。だが、自分の心の持ち方でそれすら蹴ってしまう。今の私には救われる準備すら無い。

電気工事よ、早く終わってくれ。願わくばこのまま永久に続けてくれ。

自分よ、頼む。頼むから自分を救ってくれ。俺を救えるのはお前しか居ないんだ。

    私に残された時間はあとどれくらいなのだろう。何かが私の自由を奪いに来る。首など吊りたくない。嫌だ。選択の自由があるほどに、嫌だという感情がだだをこねる。

もう少しだけ時間をくれ。今、ここに書き記している時間はとても大事で有意義で無駄だから。もう少しだけ時間をくれ。

他に書くことがあるだろうと思う。もっと感謝すべき事や謝らなければならない事があるだろうと。

申し訳ないが、その両方の感情は墓まで持って行かせてもらいたい。

越えてはいけない一線を越えて踏み込んでしまったと痛感している。もう、これ以上何かに影響は与えたくない。

    真の意味で満たされるとは何なんだろうか。

真の意味で自由とは何なんだろうか。

どう卑屈にあっても、私は満たされていたし自由であったと思う。だが結果として、その満たされた事に味をしめた心と、やりたい放題をしてきた自由が今牙をむいている。

やはりどうあっても自ら命を断つことはしたくない。やはりどうあっても、これ以上生きていたくはない。

    年々、脳のキレが悪くなっている自覚がある。山にかかったガスのように、頭にモヤがかかればかかるほど脳の動きが鈍る。

それだけはいくら考えてもどうしようもない。風に吹いてもらうしか解決策はないが、歳を経るにつれて人との出会いも減っている。今回の出会いは奇跡だったんだろう。

    対人関係で今までたくさんの、数え切れない失敗をしてきた。ついせんでまで失敗とも思っていなかった。後悔もあまり無かった。だけど、今回の出会いで全てが変わった。いつからだろう。いつから私のなかで、あの人はかけがえのないものになったんだろう。無自覚でふわりとした感覚であり、はっきりと稲妻のような感情である。私の人生で、ここまで明確であった感情は比類なきものであると恥ずかしげも無く言える程に。

 

何かに書き記す気は無かったが、少しでも感情を整理出来たらと思い、記録に残そうと思う。

 

人から差し伸べられる手が苦手であった。どれほど大事だと思っていても、手を差し伸べられてしまうと実益を計算し、その相手が数字に見えてしまっていた。その事に気付いてから、家族以外は頼らないようにしていた。そして気付いていたのに、同じ失敗をしてしまった。その頃から出来る限り人特に異性との接触を避け、数年リハビリをしていた。

何を勘違いしたのか、確とした意志も持たずにある女性と恋愛関係になってしまった。思い返せば、その女性に魅力を感じたというよりは、パートナーが居るという事に喜々としていたんだと思う。結果、相手の不貞で気持ちが離れ、疎遠になってしまった。その時ほぼ悲しい感情が無かったので、そういう事なんだろうと思う。そうこうしている時に、あの人と出会った。今にして思えば、出会ってしまったと言うべきか。

きっかけは、酔った勢いでの私のアクションを端としての、相手からのアプローチであった。それも、日々自堕落に消化していた私にとっては非常に熱烈なアプローチであった。

その日私は、付き合いで嫌々渋々、近隣の飲み屋街にオープンしたラウンジに来ていた。上司から誘われ、大口の客から誘われ、その客の彼氏であり、私の高校生時分の頃からの友人に誘われ、いよいよ断れなくなり本当に渋々向かった。

彼女はそのラウンジでアルバイトをしていた。まだ大人というには何処と無く世間知らず風であったが、容姿はとても整っていた。何か違った出会い方をしていれば、私の方から声を掛けたであろうくらい、とても魅力的だった。

私は気分が良くなり、初対面の彼女にワインのボトルを卸した。

話せば話すほど育ちの良さが伺え、流れで聞いた連絡先の渡し方も非常に丁寧であった。

トイレが空くのを待っていると、彼女が出てきた。あろう事か、私はその瞬間彼女にキスをしてしまった。お客様になり得るであろう相手に取る行動としては、あまりに短絡的で浅はかである。その時に、彼女に受け入れられたのを感じた。トイレから出てきたときに、きれいな字でIDの書かれたメモ用紙を渡された。とても好印象だった。

泥酔した私はそのIDを自分で入力する事が出来ず、爆笑しながら近隣のラウンジで働いている気心の知れた女性に、どうしても連絡したいから打ち込んでくれぇ!メモ失くしてまうからぁ!と言っていたのを覚えている。見苦しい。

 

最初は余裕ぶっていなしていた。どう考えても私は彼女の人生に必要の無い水溜りであり、それ以上に私自身が彼女に対しての責任を負うのが嫌だった。私の人生は幼少期から今にかけて置かれている環境が悪く(学歴や社会的地位が高ければ良いと思っている訳ではないが)なっているので、わかった。彼女はとても、私の歩んで来た状況の変化に似ていた。とても危うい状況であると思った。そういう時は、取るに足らない小石に躓いただけで転げ落ちる。良くわかっている。

ただ、情けないことに私もそれなりにいい歳の男である。本当に無責任であるが、口ではやめておきなさいと言いながら、実際の行動は違った。ただサルのように身体を求める訳でなく、それこそ趣味の悪い恋愛シュミレーションゲームのような感覚で、彼女の心に踏み込んでいた。彼女の真意は最後まで掴めなかったが、おそらく彼女もその時は恋に恋をしていたのだろう。そこにきてそういう扱いをしてしまったものだから、その気持ちを加速させる助長になったと思っている。

出会ったその日に、記憶も朧気なくらい泥酔した状態でラブホテルに行った。その時は動物と言う意味での実質的な性行為は無かった。大事にしておきなさいと言いながらも、多量のアルコール摂取で生殖器官が機能を果たしていなかったというのが事実である。情けない話である。

その時にワンナイトのタイミングを逃してしまったからか、追いかける事すらしなかった。悪い言い方をすると、そこまで興味が無かった。うろ覚えなのではっきりとは記憶に残っていないが、二週間ほどしたあと、彼女から連絡が来た。私がアルバイトをしていたダーツバーに遊びに来たいとの事だった。

オープン時間すぐくらいから、閉店最後まで居た。何か家に帰りたくない事情でもあるのかなぁ程度に思っていた。

当然、車で送ることになる。予定調和のように、まだ帰りたくないと言われ、少しドライブでもしようかとなった。

その時の彼女は今でも忘れない。抱きつかれ、絞り出したかのような声で「会いたかった」と言われた。

私は10代〜20代中頃にかけて、非常にモテた。色恋をかけて女性から金銭を受け取った事も一度や二度で済まないくらいある。なので女性の扱いは非常になれていた気で居た。が、今の私は自分で贔屓目に見ても魅力的とは言えない。純粋に、変わったやつも居るもんだなぁ。と思った。若いときに、やたらと歳の離れた男性と交際する女性が居て、そんなオッサンのどこが良いんだと思っていた。そういう子に限って、非常に容姿が整っていた。父性を求めているとか、色々理由はあるんだろうが。

彼女もそういうクチなのかと思った。まぁ、都合良く付き合えば良いかと思っていた。

家に送り届け、帰宅した。寝付きが悪かった。そういえばダーツにハマったから、マイダーツが欲しいと言っていたなと思い、なんの気無しに「今からダーツ、買いに行く?」と誘ったら尻尾を振って飛んで来た。この時くらいから彼女から向けられている好意は自分の中で確信的な物になっていた。

その当時、私は時間を持て余していた。仕事に出る事も無ければ、何かに打ち込む訳でもない。所謂無気力な若者というやつである。そこへきて彼女の存在は非常に都合が良かった。感情面で圧倒的優位に立ち、あきらかに自分に好意を持っていて、呼べばすぐ時間を融通する異性と過ごす時間はとても居心地が良い。その頃は金銭的に相当困窮していたので、彼女に出させていた。19歳の大学生からしたら、とても大きなお金も借りた。嫌な顔一つせずに差し出してきた。先述したとおり、私はそういう関係になってしまった相手はもう損得利益感情でしか付き合えなくなる。まぁ、水商売の女だからどうでも良いかとすら思っていた。

ただ、ここで少し心境の変化があった。勘違いも甚だしいが、私の周囲には会話をしていて私より頭がキレると思える相手が非常に少ない。居たとしても、同じベクトルで生活をしているので大して興味深い情報を持っている訳でもない。

彼女は違った。実際頭の回転はそこまでキレのある物だとも思わない。が、きっちり理路建てて会話をし(ヒステリックになってしまっている場合を除いてではあるが)、こちらの発言をよく噛み消化し、自分の見地を交えて返答をくれる。対話が非常に楽しかった。彼女ともっとやり取りをしたいと思った。もっと知りたいと思った。

彼女に興味を持ってからは、早かった。その頃は私の方が惚れていっていたと思う。後からわかった事なのだが、その頃に彼女は他の男性とラブホテルに行ったり、寝屋を共にしたり、キスマークを大きくつけて平然としていたりと感覚がおかしいところがあった。さすがにキスマークがついていることくらいは自覚があったと思う。その状態で好きだと言っている相手とよく会えるなと思いもしたが、私はその時彼女からの好意を卑怯な程度に回避していたので、そこまで突っ込まなかった。今にして思えば、最初から私が彼女の好意に丁寧に向き合っていれば何かが変わっていたのかもしれない。

そんなこんなで逢瀬を重ね、会う頻度も加速度的に増えていった。忘れもしないあの日、笑顔で「無理なのはわかっています。聞き分けがいい女になります。」と言われた。彼女は泣いていた。私は本当に好きになってしまった。初めてだと言っていた。今、幸福に満たされていると言っていた。色々な感情が相まって、私は笑った。とても清々しい気分であった。

   出会った時にはお互いにパートナーが居る状態であったのだが、この日をきっかけにお互い綺麗に精算した。少なくとも、私はグダグダと惰性で付き合っていた相手と自分の意志で別れた。彼女もすぐさまパートナーと別れを告げたらしい。私の事が好きだからと言っていたが、今にして思えば相手と良好な関係でない、それも相手からの愛情が稀薄になっていた状態で次のとまり木を探していたんだと思われる。

 

今、警察から電話がかかってきた。私の起こした行動への最終通告であると。なんだかんだで警察も我慢強い。私なら有無を言わさず実刑に処するであろう。

 

それからの毎日はとても早かった。一緒に居る時間も長かった。彼女の学校の新学期が始まり、金銭を引っ張ったという感覚から、助けてくれた、救ってくれたという感情になった。一日でも早くお金を返して向き合いたいと思って仕事をスタートさせた。10倍返しや!とか冗談交じりに言ったりして、「早く返せよポンコツ!笑」とか言われたり。今までの自分なら、男を立てろよとか思っていたかもしれない。だけどそんな話をしてる最中は、どこか何時も不安げだった彼女が安心しきった表情になっていて、不思議と私も気分が良かった。こんな事で気分が良くなるのが、ポンコツたる所以であると思う。この頃は、彼女を学校まで送っていっても既のところでホテルに行こうとなるのが日常であった。学校行かなくて本当に大丈夫なのかと口では言いながらも、私も一緒に過ごしたかったので卑怯なやり方をしていた。後日聞いたのだが、この頃は盲目的に私の事を好きで、今離れるともう二度と会えなくなるような、常にそういう不安が付き纏っていたらしい。嬉しい限りであると共に、やはり彼女を想うなら私がしっかりとしていなければならなかったと後悔している。

    この頃はもう私の中では明確に好意、それも異性としての感情が芽生えており、日頃から お金をきっちり返したら、告白させてほしい。それまで待っていてくれ。 という旨を伝えていた。どこか不安そうであった彼女も、この頃には余裕を持って私と付き合っていたと思う。結果としては、ある理由から私の方が不安になり、繋ぎ止めていたくてきっちりと義理を通す前に告白してしまったのだが。彼女の下宿先に泊まっていて、「うん。」と笑顔で言われ、学校へと送り出した。嬉しかった。この歳になって告白一つでこんなに一喜一憂出来るとは思ってもいなかった。その時に撮影したと思われるセルフポートレートを見返すと、恥ずかしいくらいに浮かれた写真を友人に送っていた。

    私の仕事の関係上、収入がある時はそれなりにまとまって入ってくる事が多い。運良く大口の顧客との商談が成功し、有言実行と思い、彼女の新居のための家具を購入し、現金としてひとまず二倍にして返済した。少し驚いていたが、嫌味なくすんなりと受け取ってくれた。きっちりと稼げるようになっていたので、当然会っている時にかかるお金や、一人で親元を離れている彼女への日常生活品や食料などの差し入れなど、この頃には歳上の彼氏としての役割は果たせていたと思う。毎日が楽しかった。ある一つを除いて

    先述した「不安になったある理由」というのが、日に日に重くのしかかってくるようになっていた。その理由というのが、ある男性の存在である。ここでは「家賃さん」と呼称させていただく。家賃さんは読んで字の如く、彼女が下宿をしてるワンルームマンションの家賃を援助している男性で、はっきりと彼女に好意を持っていた。最初は友人関係であったらしいのだが、彼女が好意に気付いてからは拒絶をしていたらしい。その時は彼女の言葉を鵜呑みにしていた、というよりも、鵜呑みにせざるを得なかったのだが、終わりを迎えた今考えてみるとそんな状態の男性から 家賃 電気代 敷金礼金 インターネットの回線費用 水等のその他諸々 の援助をすんなり受け取る彼女の神経もどうかしていると思う。おそらく悪意に似た裏切りに似た都合の良い感情を持って接して居たのだろう。これから先終わりを迎えるまで、家賃さんの存在がとてつもなく影響を与えてくるようになる。

    彼女は学歴コンプレックスや選民意識がわりと強く、やや自暴自棄とこれじゃダメだと奮起するのを短いスパンで繰り返すところがある。その奮起も、前向きな頑張ろうという意志ではなく劣等感と自虐から来るもので、見ていてとてもしんどそうで、心苦しいものであった。私に甘えてくれていたのかもしれないが、少しずつ八つ当たりと思えるような言動も増えていった。

    お互いが好意を持って付き合っていると意識し出した頃 日付でいうと4/13〜15くらいのときに、彼女が盛大にキスマークをつけていた事があった。まだ私がドップリと浸かっていた訳ではなかったので、軽く嘲笑しながらその事を突っ込むと、うそ、、信じられない、、、と驚いた素振りを見せ、事情を話してきた。幼少期からの友人が大阪に遊びに来て、仕事上がりにアルコールの入ったままその友人の泊まるホテルへ向かった。その友人は同性愛の気があるらしく、そこで着けられた。正直泥酔していたのでうっすらそんな気もするくらいだ。と。その当時はまだ彼女もラウンジ勤めであったため、すんなり受け止めたのだが、後日致命的な事が明るみに出たときに確認をしたら、家賃さんが着けたものであったらしい。

    私は幼少期からどうも悪い予感だけは霊的なレベルで的中してしまう事が多く、根拠も何も無いのに感じる嫌な違和感にとても敏感である。少しずつ蓄積してきた違和感がついに無視できないくらいまでになってしまっていた。少しずつ私の態度と言動が猜疑心と不安をまとってしまっていて、無意識に言葉の端々で彼女を疑っていた。些細な事で言えば、トイレの便器が上がっていた。男性(悪意を持って家賃さんの事を指しているのだが)が来訪したのではないか。など、受け取る側からしたら相当に気の悪い物であったと思われる。

    以前付き合っていた女性に、家事をしない男は嫌だと言われた事があった。彼女は几帳面できれい好きなようで、ズボラなところがある。彼女を課外活動のために大阪市内に送り届けたあと、風呂掃除と台所周りの掃除くらいしてやろうと思い掃除用具を出す目的でクローゼットを開いた。帰って来たら喜ぶかな。などと子供みたいな考えを持ちながら。彼女の趣向とは方向性の違った、真っ赤な小型のスーツケースがあった。少し気になり注視すると、ジッパーが開いている。開いた口から、電動シェーバーの充電器の先が飛び出していた。たまたま私が使っていたシェーバーと同じ物で、一度充電器を失くした時に流用できるものは無いかと調べ、結果独自規格であったのですぐにわかった。

まぁ、家賃さんの物なんだろうな。と思った。気に留めないようにしていた。以前に、彼女が一日音信不通になった事があった。その時にワンルームマンションの鍵を渡してもらうために家賃さんと会っていた。終電を逃したのでタクシーで帰ったと言っていたが、富田林からホテルを取っているであろう新大阪までの深夜料金の距離、そもそも自分の大阪での拠点のために借りた。そこに彼女を居候させていた。という建前。どう考えてもおかしいのはおかしい。私がこの頃には盲目的であったのだろうと思う。

   つもりつもった違和感のせいにしたいのだが、スーツケースの存在が気にかかって仕方がなかった。この行動が、全ての悲しい出来事の発端だったと今では思う。あろう事か、他人のスーツケースを開いてしまった。

中には電動シェーバーと、下着、コンドームが入っていた。

見過ごせる範囲を飛び越えてしまった。この頃から明確に彼女と家賃さんとの関係に確固とした疑いを持ってしまった。唯一の救いは、コンドームが未開封であった事。もし開封されていたのなら、この時に終われたんだと思う。こんな悲しい結末にはならなかったんだろうと思う。

身近な友人が心配をしてくれる程に、今私は本当にどうかしている。この感情が愛なのか執着なのか、それすらはっきりと明言も出来ない。これだけの事があったのにもかかわらず、まだ好きでいる。というくらいにはどうかしている。私自身の理性や自己が狂い始めたのは、おそらくこの日からであると思う。

彼女が課外活動のプロジェクトを終え、約束した時間に迎えに行った。私はとても違和感のある態度だったと思うが、相手は気にも止めて居なかったようだ。コンドームの事を言う訳にはいかない。自らが犯した罪を告白するようなものだから。わかってはいたのだが、我慢が出来なかった。元来気になる事を無視できるタイプではない。

彼女は激怒した。今では激怒を装ったと言えるが。

私がスーツケースを開けた事

家賃さんがコンドームを持ち込んだ事

それまでは、家賃さんは身体を求めたりしないと言っていたが、この時に見方が変わったと言っていた。

本当に嘘をつくのが上手い。この時にはすでに彼女は家賃さんと何度もラブホテルに宿泊していた。キスマークを着けた日も含め、最後まで身体の関係は無かったと言い張るが。

私は脅えていた。自分の行動に負い目があるという事以上に彼女に離れて欲しくないという気持ちが大きかった。

私も怒りの感情があった。やや強く、家賃さんに私の存在を伝えてくれと言った。返答は「家賃さんから仕事を貰っている。家賃の援助も受けている。良好な関係を維持したいから無理」と怒り混じりに。

結果として、別れを恐れ逃げた私が、今は言えないけどいつかは言えるようにしたいという彼女の発言を受けて、わかったそれなら良いと着地させてこの騒動は終わった。

この頃には私と彼女のパワーバランスはいびつになっていた。お金などは私がほぼ全て支払っていたし、普段は彼女も私に従っていた。が、決定的なところでは必ず私が折れていて、彼女が逆上したところで私が謝罪するというのが定例になっていた。もしこの時にもっと強く言えていたなら、別れを恐れず逃げなければと思うと悔やんでも悔やみきれないが、パワーバランスが完全に崩れ上下関係が確固たるものになったのはこの日だと思う。

まだこの頃は私も男子としてのプライドなどがあり、わりと強気で接していた。この日を境に喧嘩や言い合いがどんどん増えていった。彼女は八つ当たり混じりの論破しようとする攻撃。私は色々な事を蒸し返しての嫌味など、やはりお互い、少なくとも私は何かを一緒にしたり、美味しいものを食べに行ったり夜を共にするのは非常に心地のいい時間だったのだが、本当に何かに付けて喧嘩をしていた。

    ある日、何をきっかけにしてかは今でも理解していないのだが、彼女が距離を置きたいと言ってきた。それもひどく投げやりな言い方で。その時彼女が述べていた理由は、「不摂生で体重が増えてしまった。もう終わりだ。別れたい。」などといった、本当に気でも触れたのかといった内容であった。

本当に理解に苦しんだ。つい何時間か前まで、笑顔で過ごしていた。前日の夜中から、いつも以上に深く熱い愛のやり取りをしていた。笑顔でまたねと離れたはずであった。

その日私は友人との要件を出来るだけ早く済ませ、せめてそういう話は顔を見て、私の納得するような理由をもってして欲しいという旨を伝え、嫌がる彼女を他所にして矢継ぎ早に富田林へ向かった。

彼女はとても冷たい眼をしていた。本当に、昨日笑っていた相手と同じ人間を見る眼では無かった。学業や仕事、生活についてなど、うまくいっていないのは全て私のせいだ。やや長めのスパンを要する仕事を受けたので、もう私と付き合っている暇など無い。家賃さんのことも含め、信用すると言っていたがそれはいつなのか。もううんざりだと言われた。いつなのかと言われても、本当につい先日コンドームを持ち込んだ事が発覚したところである。あまりにも日が浅い。

この頃には私の芯などとうにくたびれていたので、そのとおりだ。私が悪いんだと素直に思った。しつこく食い下がったのだが、彼女の意志は変わらなかった。

それならば、私は私で気持ちの整理がしたい。離れれるようにするからもう少しの間一緒に居て時間をくれないか。とお願いをした。渋々彼女はその条件を呑んでくれ、一旦話が一段落した。私は前日から睡眠が取れていなかった。彼女はこの時には穏やかになっていたので、「少し寝ていく?」と言ってくれた。私としては、少しでも希望があるなら一緒に居たかったのでその言葉に甘える事にし、帰る必要がなくなったのでやけ酒混じりにビールを飲んだ。この時行為に及んだのだが、とても別れると言ってきた人と同じ人間だとは思えないくらい、甘えられ愛を感じた。

2,3時間ほどした後、叩き起こされた。あの冷たい眼をしながら、「いつまで寝てる気?」と罵倒され家を追い出された。私は本当に困惑していた。どの顔が本当の彼女なのか。わからなかった。

帰路についている間に、LINEが来た。

 

あれだけ学業がうまくいっていないと言ったのに、無理矢理家に押しかけた

その上にあろうことか居座り私の邪魔をした

そういう自分本位なところが本当に嫌いだ

生理が来ていないのが怖いので、それが来るまでは連絡先は消さないでほしいが、やはりもう今すぐに別れたい

 

といった内容であったと思う。

 

私の頭ではもうとても理解ができず、投げ出した。もう付き合いきれないと思った。

翌日、彼女から連絡が来た。少し電話をできないかと言われ、了承し電話を鳴らした。彼女は泣いていた。何に泣いているのかはわからなかったが、「私だって別れたくはない。仕事や学業など、全てがうまくいっていたなら、付き合っていたかった。嫌いになったわけじゃない。これ以上深く付き合ってしまうと、依存してしまう。そんな関係にはなりたくない。」といった内容であった。

薄々気付いてはいたのだが、私は彼女の涙に非常に弱い。妹と歳が近い事も相まってか、恋愛対象として以外にも、庇護対象としての側面も非常に大きかった。

純粋に、彼女の気持ちが冷めていないならまだ付き合っていけると思った。

電話を切った後、脳内を整理し

依存など私が絶対にさせないし、しない。それだけ心労が絶えないような状況なら、むしろ別れるべきではない。離れるくらいなら、一番近くで支えたいし寄り掛かって欲しい。私が支えていく。と伝えた。

少も間を置かずに、彼女から「わかった。じゃあそうする」と返事が来た。乗り越えたと思い、よくやったと自分を褒めた。

この事をきっかけに、私は何をするにおいても彼女の顔色を伺うようになった。少しでも怒りそうなら折れ、定期的なプレゼントで喜ばせ、伝えたい事が彼女の嫌がることならば出来るだけ遠回しに言葉を選び(これが本当にいけなかったのだが)無理をしているなと自覚を持つくらいには自意識を殺すようになっていた。彼女の八つ当たりの頻度も上がっていたが、完全に折れていたのでその事をきっかけとした喧嘩や言い争いは減っていた。

    それからは定例行事かのように、度々別れを告げられた。内容は本当に滅茶苦茶なものが多かったと思う。さすがの私も、もうその類の話には正面から向き合わず、ハイハイ 安心しろ。リラックスしなさい。などと言って抱きしめたり、気分転換に美容室に連れて行ってやったりなど、深刻な話になる前にいなしていた。そのせいで彼女の真意というものが本当にわからなくなってしまった、と言うのが、後々大問題になってくるのだが。

    彼女は貞操観念がズレている。手に入れたいものがあったり、目的の為には手段を選ばない(あくまで自分の都合の良い範囲ではある。ここに関してはかなり自分本位で、自分以外がどれだけ傷付こうがあまり気にも止めていないようだ。)フシはあるが、遠慮した言い方をすれば どちらかといえば緩い 方だ。私が大人としてきっちりしなければいけなかった処ではあると重々承知しているが、それまでの性行為で避妊具を着けない事が当たり前であった。それもあって、家賃さんが持ち込んだコンドームが未開封であっても疑いの目を向けてしまっていたのだが。

元々生理不順だとは言っていたが、余りにも許容範囲を越えて月経が来なかった。

彼女自身もさすがに不安であったんだと思う。むしろ本人の事であるから、私などよりよっぽど大きな不安に襲われていたかもしれない。

この頃彼女は良く体調を崩していた。原因不明の発熱であったり、異常なまでに情緒不安定であったり、吐き気、異常食欲、食欲不振など。そのせいでまともに学校にも行けてなかったようだ。直近の別れ話の際に、学校に行けていない事を理由にされ、流石にそれは見当外れすぎる。学校の前日は会っていなかったはずだ。自分が怠けてしまっているだけなのではないかと言って相手にしなかった。

 

ただ、あまりにも体調不良が目立つので、妊娠検査薬を使って欲しいと伝えた。彼女も同じく思っていたらしく、あと数日のうちに来なければ使用しようと思って既に購入しているとのことであった。

結果、陽性であった。

私は男なので、正直生理中や妊娠中などの心境の変化はわからない。が、調べて得た知識の範囲ではあるが全て辻褄が合った。理解の出来ない別れ話やヒステリック、原因不明の体調不良なども、全て妊娠の初期症状であるようだった。常日頃から彼女は、結婚願望は無い。子供は欲しくない。もし出来たら終わりだ。と言っていた。返事はわかっていたのだが、彼女に「どうする?」と問いかけた。どうする?では無く、男としてならはっきりとどうして欲しいと伝えるべきであった。彼女はそのせいで、自分で子を殺したという重荷を背負うことになってしまうのだから。(後から発覚した事実を鑑みると、正直その時の彼女の心境というのは今でもわからない。)当然のように、堕胎したいと言われた。

早急に病院に行ってもらい、かかる費用の計算をし、手術費用を工面する必要があった。私はかなり以前に、一度この類の話で揉め、責任を放棄して相手の女性をとことんまで苦しめた事がある。同じ過ちを、しかも10も歳の離れている女の子に犯すわけにはいかなかった。

いちおう準備はしていた。その頃あまり仕事の調子がよろしく無く、しかし彼女にそれを悟られたくも無かったので付き合う間に使うお金は減らさずにとしていたので、予定していた額には全然足りていなかったが。ただ、彼女も少しばかりは持っているか。後で返すにして、大丈夫であろう。と認識が甘かったのだが。

妊娠が発覚してからはかなり冷めきった時間を過ごしてしまった。私はお金の工面(タイミング悪く仕事の方でも少し大きい支払いがあった)に追われ、彼女は精神的に追い詰められ、とてもじゃないが良い思い出だったとは言えない時間を過ごした。

結果、どうにもお金が用意出来ずにクレジットカードのショッピング枠を利用し、購入した高額商品を転売して費用を全額工面した。クレジットカードの規約違反であるし、結局支払いが迫るので後々なお苦しむだけなのだが、そんな事を言ってられる場合でもなかった。

手術費用は、彼女が半分負担すると言われたのだが、どう考えても私が払うべきである。俺は妊娠出来ない。代われるならその負担、代わってやりたい。だけどどうする事も出来ないから、せめて手術費用と心のケアだけでもさせてくれと伝えた。

それでも、お金はあるので半分出すと折れなかった。

 

手術の前日、私はダーツバーに出勤しなければならなかった。タイミングが悪いなとも思ったが、妊娠の事実を伝えていた先輩の店舗なので、自己都合で穴をあけるわけにはいかなかった。お金の工面に頭を抱えていたときに、助力をしようとしてくれた借りがあった。

 

私が仕事を終え、その足で彼女の家に行き、病院の送り迎えをする。不安だろうからずっと一緒に居る。と約束をしていたのだが、出勤前に彼女から 話があるので会えないか。時間がないのなら店舗まで伺う。と連絡が来た。とても大きな不安を持ったので、すぐに向かった。

玄関先で、家に入れる気は無い。金だけ置いてとっとと帰って欲しいと言われた。

病院にはついてきて欲しくは無い。私自身の事だから一人で行く。だから手術費用が必要なので金を受け取りたい。との事だった。

流石におかしいなと思ったし、それ以上に身体の負担が気になった。前日から飲まず食わずで居ないといけないと聞いていたので、そんな状態で長々と電車に乗せるわけにいかないと思った。

正直後のことのインパクトが強過ぎて、きっちりとした話の内容を覚えていない。たしか、何か言いたい事があるならハッキリ言えと言った気がする。

深いため息の後、いつか見たあの冷たい眼をしていた。こんな話をした後だとお金を払いたくもなくなるだろうから、今話すべきではないと思っていたけど言えと言うなら話す。別れたい。もう一緒に居たいと思わないから金だけ置いてさっさと帰って欲しい。半分出すとは言ったけど返済プランをたててそのうち返すから全額置いていってほしい。そもそも金銭感覚がおかしい。大の大人が10万そこそこのお金を用意してないのはおかしい。クズ過ぎる。そういうところが大嫌いだ

と言われた。

この際だから格好つける必要もないし、誰が見ているとでもないのでその時の心境を飾らず記そうと思う。

正直払いたくなかった。自分に責任があるというのは重々承知だ。だけど、虫が良すぎないか?結局の処頼ってきているではないか。なのに上から目線でなぜ金銭感覚の説教をされなければならない。そもそも普段からいくらばかりか私から借金をして、返済の話は一切しないではないか。お金というが、なぜお前は1円も出さない。せめて、何千円何百円でも良いから協力するという気持ちもないのか?私が用意したお金は降って湧いたものじゃないぞ。お前との交際費、毎月いくらかかってると思ってるんだ。などと。

こんなやつに払うくらいなら家族に何かプレゼントした方がましだとさえ思えた。

それまで、私は彼女との付き合いであからさまな怒りの感情を向けた事は無かった。だがこの時ばかりは、苦しめてやりたいと思った。ワンルームマンションの廊下でこの話をしていたのだが、怒れる私は強引に奥の部屋に先程渡した金を取りに行こうとした。ふざけるな。もう勝手にしろ!と

その時、彼女は三徳包丁を手にし、帰らないなら刺す!と言われた。私は高校生の時分に非行に走っていた時期があった。所謂高校デビューというやつで、虚勢を張って悪ぶっていた。調子に乗っていると痛い目を見るもので、数回刃物を向けられ怖い思いをした事があった。軽く刺された傷は残っている。

その時の記憶が蘇り、力任せに倒して包丁を取り上げた。彼女は泣いていた。この涙は今までの涙と違って、ただただ思い通りにならない、悔しい。といった類の涙に写った。

正直疲弊し切っていた。積み重なった彼女への違和感、度重なる別れ話が原因での不信感、常に顔色を伺う事のストレス、お金の工面に頭をかかえ、彼女のケアに頭をかかえ、包丁を向けられた事への恐怖、怒り、一銭も出さない彼女の姿勢への怒りと悲しみ、混沌とうずまく負の感情が一つの大きな化け物へと変化を遂げ、この瞬間彼女への感情が封印された。良くも悪くももう何とも思わない。好きか嫌いか考える気も起こらない。完全なフリーズ状態である。

本当に良く覚えていないので、どう話を終わらせたかはわからない。もしかしたらそれでも私は彼女にすがっていたのかもしれない。最後の責任として、きっちりと手術が終わるまで、術後次の月経が来て収まるまでは連絡を取っていてほしいと約束をしたのを今思い出した。こんな状況でもまだ手放したくなかったんだろう。情けない。

ただ、今その時の気持ちを整理するなら「勝手にしろ。もう関わってくるな」である。後から発覚した事実が絡んでいるからかもしれないが。

金を置いて店舗へ出勤した。ニ時間ほど遅刻した。手と太腿が包丁で切れていた。不思議と痛くは無かった。7月4日

 

    その日ばかりは盛大にやけ酒をした。久しぶりにお酒で失敗した。荒れに荒れ、怒鳴り散らかし、良くしてくれる先輩に気を遣わせ、二日酔いどころか三日酔いくらいになったのを覚えている。記憶も意識もおぼろげの状態で、未成年の彼女の父親と嘘をついて病院へ手術の承諾の電話をかけたのをおぼえている。

どういった要件で会ったかは覚えていない。おそらく、荷物を彼女の家に送っていて、それの受け渡しが建前であったと思う。

何をしたかも覚えていない。ライブを観に行ったと言っていたっけ、覚えていない。とにかくこの日は富田林へは送り届けていない。

富田林から市内へ向かう高速道路で、彼女がやたらと饒舌でハイテンションだったのを覚えている。愛想笑いをして相槌を打っていたが、この時に凄まじい憤りを感じたのを覚えている。あれだけ人を殺したとか、重くのしかかってきたとか言っていたのに、手術が終わったといえどその態度はあまりにも酷いと思った。

あまり落ち込んではいなかった。彼女のとった姿勢もそうだし、何より疲れていた。彼女の人間性を疑ったが、怒りの気持ちは無かった。私自身も手術が無事済んで(私としては、以前にしてしまった取り返しのつかない失敗を克服できた気になって、やり遂げたと感じていた)ホッとしていたのだと思う。色々あった女性と別れたにしては、穏やかに過ごしていたと思う。

別れたといえど、前日した約束があるので連絡のやり取りはしていた。正直もうどうでも良かった。自分からお願いしたのに、もう私の責任は果たしたのだから、テキトーに離れていこう。ただ、身体のという意味では非常に相性がよかったので最後に一発くらいやっておきてぇなぁ。程度にはクズっぷりを発揮していた。良くしてくれる先輩とメンズエステにも行った。こんな事があったのに愚息はとても元気だった。思春期の頃に、彼女にフラレて落ち込んでいる私を見兼ねて、友人が飛田新地へ連れて行ってくれた事がある。抗精神薬と言われて飲んだが、後から聞くと強めのセックスドラッグであった薬も服用して。その時はしばらくの間勃起しなかったのを覚えている。友人からしたら、とんだ痛い出費だったであろう。私の愚息は精神状態に非常に正直だ。

そんな経験があったので、今回も元気にならんのだろうなぁと思っていた。

フタを開けてみれば、ギンギンもギンギン。フル勃起である。

なるほど、俺はそんなに落ち込んでねぇんだなぁ。清々したわ

と思っていた。そんなこんなで私は精神的余裕を取り戻し、なかなかに穏やかなシングルライフを過ごしていた。思い返して見れば、私の人生は異性との深い関わりを断って、朝から晩までジャグラーを打ち、たまに嗜好品を嗜んでリラックスをする出来うる限り自己で完結した生活を送っていた時期が一番穏やかであった。またその生活を取り戻そうかと、柔らかい表情で笑えていたと思う。一応毎日彼女と連絡は取っていたのだが、正直何の記憶もない。別れてどれくらい会わない日が続いたかも覚えていない。

ある日、友人のダーツバーで何をするともなくダベっていた時に彼女から着信が入った。

荷物を運んだり買い出しがあったり、車が必要な時はそれくらいしてあげるよと言っていたので、電車を逃したか何かかなと思って折り返した。

非常に重い空気をまとった彼女は、今大丈夫?何してたんですか?最近どうですか?などの日常会話をしているうちに、泣いていたようだった。重ね重ね言うが、私は彼女の涙に非常に弱い。どうした?何があった?などと問い掛けていると、意を決したかのように話し出した。「産婦人科なので、新生児も居た。処置室へ向かう際中に視界に入り、苦しかった。術後院内で安静にしていた時に、隣のベッドの女性は出産直後で、幸せに包まれた笑顔で居た。私は自分の都合で赤ちゃんを殺した。産んでやれなかった。もし良かったら、私達の子供に名前をつけてあげて欲しい。一緒に居たくないと言ったが、厳密に言うと違う。私は全てを忘れて生きようとした。全てなかった事にしたかった。だからあなたとも別れようと思った。でも、それじゃいけないと思った。私は向き合って生きていかなければならない。絶対に忘れてはならない。だから、もう少しの間だけでいい。もう少しの間だけ、支えになってもらえませんか。」

彼女との時間と、私が今までしてきた全ての後悔と失敗が蘇った。私は何が起きても彼女を突き放してはならない。一生をかけてでも支えていかなければならない。支えていきたい。そう思った。

腹を括った。私の人生でここまで声を大にして腹を括ったと言える事は、後にも先にも無いと断言できる。月並みな言葉ではあるが、絶対に幸せにしてやると思った。

    7月5日に手術をし、数日後にその話をしたから、おそらくほとんど時間が経っていなかったと思われる。その間は非常に有意義であった。私はただ献身的に、彼女が学業や仕事へスムーズに戻れるように行動し、彼女がやりたい夢を応援するため色々話を聞いたり、もしかしたら良くしてくれる会社から、夏休みに中国へ行かせてもらえるかもしれないなど、その頃の彼女の目はとても輝いていた。ずっと抱えていた不安から解放されたのだろう、本当に良かったと思っていた。

彼女が夏休み予定しているインターンの試用期間を決めるための試験があるから東京に行く(私は2泊3日で行っていたと記憶しているのだが、彼女は1泊で帰って来たと言っている)と言ってきた。ふと、お気に入りのワンピースと卸たての靴をはいて、銀座を歩きたいと彼女が言っていたことを思い出した。

彼女は東京という街に、幼少期から特別な感情を持っていると聞いていた。

結局理由としては住む街が変わったからというものであろうが、彼女が勤めていて、出会った切っ掛けであったラウンジを辞める際に同伴出勤の事で口論になったことがある。はっきり言うと私の子供みたいな嫉妬心が原因なのだが、たった2千円程度のために私が嫌がる事をするのをやめてくれと、その時は先述した通り困窮していたので、あまり強くは言えなかった。後日、ガールズバーでアルバイトをすると言い出した事があった。私は過去にそういう職場がきっかけでの浮気などの不貞を経験しており、全力で嫌がった。そういった経験があったのを知らなかった。ごめんなさい。と言ってくれたのだが、どうして急に働きたいの?と問うと、洋服を見ていたら、どうしても欲しいワンピースを見つけた。私は欲しいものがあると手段を選ばないフシがある。諦める。ごめんなさいと言ってくれた。(普通に学生らしいアルバイトをすれば良いんじゃないかと思い時々そういう話をしていたのだが、彼女は時給が安い、私は時間が限られている、そんな時間があるなら学業に専念したい。と言われていた。正直、普段結構ダラダラしてると思う。なんかそういう頭でっかちが前に出るところも、若い時の自分に似ているなと思っていた記憶がある。)

そのワンピースをプレゼントしてやろう!と思った。その頃には私は彼女の夢に少しばかりは理解を持っていたつもりで、そのインターンの試用期間を決める試験がとても重要だと言うことくらいは解っていた。

7月13日か、14日だったと思う。あくまでサプライズなので、彼女が出立する日、新大阪駅まで送り届けると言っていたのでご飯でも食べたいから早目に会えないかと言い、そのブランドのショップへ連れて行った。本当に、とても喜んでくれていたと思う。やっぱり私は彼女のこういう笑顔が大好きで、何回でも喜ばせてあげたいと思えるような素晴らしい笑顔だった。

結果、売り切れてしまっていて手に入らなかったのだが、再入荷をしたら連絡を貰えるようにして彼女を送り出した。非常に良い雰囲気で送り出せたと思う。がんばっておいで。楽しんでおいで。よし、彼女が頑張っている間、私も仕事に打ち込もう!そんな気持ちで送り出したのを覚えている。

新幹線に乗っているであろう間、楽しくやり取りをしていた。今どこらへんだとか、ワンピース着ていけなくて残念だったね、ごめんな。謝らないで、その気持ちだけで私頑張れるよ、など、他愛もない会話だったと思う。

 

もうすぐ到着すると言われた

 

彼女が新幹線を降りたその時から、音信不通になった。

 

ホテルへでも向かっているんだろうと思っていた。1時間経ち、2時間経ち

余りにも連絡が来ない。

何かあったら自分が直ぐに飛んでいける場所じゃない。というのと、術後まだ時間が経っていない。もしかしたら道中で倒れているんじゃないか。など

かなり、かけたと思う。かなり電話をかけた。

彼女は電話を取ってくれた

いま部屋についた。これからSkypeで先生に明日の試験の対策を教えてもらうから、時間がないので直ぐに切る。と

あと5分で良いから話せないかと言った。

無理。と言われた

それから、次の日の夕刻くらいまで連絡が途絶えた。

彼女から連絡が来た際に、すごく怒られたのを覚えている。

東京という街は私にとって特別なんだ。立ち入られたくない。そんなちっぽけでくだらない嫉妬で、私のしたい事を邪魔しないでほしい。と

送り出すまであんなに笑顔だったのに、道中もあんなに楽しい会話だったのに、一言も無しにそういう事をするか?とおもった。

家賃さんは東京に住んでいる。過去に彼女が音信不通になったのは、新居の受け渡しの際、家賃さんと居たときだけだ。素直に考えると、まずそこを疑うと思う。

ただ、私は彼女のしている事を本当に応援しようと思っていたから、至極反省した。何を子供みたいなことをしてるんだ。あまりにガキ過ぎないか。と

そんなゲスい考えをした自分への自己嫌悪の方が大きかった。

結果、後から半ば誘導尋問で彼女に告白させたのだが、この時家賃さんとホテルに泊まって、同じベッドで寝ていたらしい。これについては後述する。

この時に彼女から貰った、オーディオアーキテクチャー展という展示のステッカーが、私のお守りになり、肌身はなさず持ち歩くようになった。

 

ハッキリと日取りは覚えていない。7月の末だったと思う。

私は彼女の生活を少なからず金銭的にサポートしていたのだが、正直に告白すると、あまり仕事は出来ていなかった。手術費を工面した時にクレジットカードを使って錬金術をしたと書いたが、その後も惰性で何度か繰り返して彼女との交際費に充てていた。一緒にご飯を食べに行ったりというのもあるので、全て彼女に消費した訳ではないが毎月20万程使っていた。友人に、皮肉交じりに「金回りいいやん!何か若いヤツ飼ってるみたいやな!愛人やん!」的なことを言われたのを覚えている。笑って流してはいたが、迫ってくる返済や支払期日、それでもそんなところは彼女に見せられないという悪循環で、とても精神衛生上良いとは言えない状態であった。

母から、来年家を売ると言われた。私が積み重ねてきた借金の尻拭いが主な原因であると自分では思っている。

ただ、「支える」この言葉の意味を勘違いしていたんだと思う。ただ甘やかし、機嫌を取り、貢ぐ。対価としては、彼女の時間、恋人というステータス、性的な肉体の自由、と言ったものか。

度々経験をしてきたのでわかっていたはずだった。私は心が弱い。だが、行動的ではあるし実行力はある。それは何故か。

振り子の様なものだ。プラスの方向に人並み以上に振り切れる事は出来る。だが、当然のようにその反動も人並み以上である。

 

限界が来た

 

身辺整理すらする気も起きないまま彼女に話があると連絡をし、時間をとってもらった。この時彼女は男性と食事に行っていたみたいだが、その時そんな事にとやかく感情を抱く元気もなかった。

 

彼女と会った。ろくな話もせずに、身体を求めた。相手も何かを察していたのだろう。

これをしないと話せないの?

と言われた

どうですか、もう、心の重荷はありませんか?元気ですか?

と聞いた

うん。もう完全に元気だよ

と言われた

もう、今日限りであなたに関わるのを辞めようと思う

なぜ

死のうと思っている

そんな事だろうと思った

と、話をした。私は幼少期から残念な死生観を持っており、常日頃から死ぬ事が一番の幸福だと考えている。何も感じず、嫌な事も嬉しい事も起きず、ただ無機物になる。それ程幸せな事があるか。至上の幸福であると。追い詰められて死ぬしか無いと考えるのは愚の骨頂であると私も思うが、生死に関してさしてハードルが高くはない。身内を含め、大事な人を含め、誰かが死んで悲観に暮れた経験が無いため、死んでしまったら悲しむ人がいる。という殺し文句に実感が持てない。ただ、首を吊るのは非常に怖い。本当に

そこでキッパリ切られるものだと思っていた。だが違った。彼女は強く抱きしめてくれた。もううちに住みなさい。帰らせないから。前向きになって。死んでほしくない。悲しい。あなたは前向きになっていいんだ。私が生きる理由になれなかったのが、辛すぎる。と

涙が溢れた。その日は朝まで付き合ってくれ、一緒に次の日の夕刻くらいまで寝て、晩御飯を食べ、元気になった?と問いかけてくれた。言葉を濁したが、私はとんでもない元気の源をもらった。生きる理由にしていいのか、俺は前向きになっていい人間なのか、幸せになっていいのか。と

いいんだよ。と

それからというもの私は頑張った。がむしゃらに。毎日の終わりに、今日どれだけ頑張ったかを彼女に報告するのが楽しかった。彼女にご飯をご馳走するのが楽しかった。次に稼いだら何を贈ろう。どんなのが似合うかなと考える時間が楽しかった。

PLの花火を見に行こうと約束した。

いつか行こうと約束していた、金沢の21世紀美術館に、8月の2日に行こうと約束した。

ひとまず、金沢に旅行に行くまでは生きておくことにすると伝えた。彼女は微笑んでくれた。

 

この日を境に、彼女は私にとても優しくなった。優しいというよりは、甘くなった。

がむしゃらに頑張っていたものだから、私は公私ともに非常に充実していた。

色々な物をプレゼントした。

金沢に旅行に行った際も、ただただ楽しかった。市場に行き、私が食べれないので彼女に新鮮なエビを食べてもらって感想を聞いたり、彼女が大好きだと言っている美術館を回ったり、車で走行できる砂浜に行ったり。

私は芸術に対して造詣が深い方では無いので正直良くわからない展示ばかりだったが、彼女が好きと言っている物を一緒に見て回れることが、とても幸せだった。正直、この日が一生来なければいいのにと思っていた。楽しみにしている予定がずっとあれば、この幸せな時間がずっと続くと思った。この時間さえ続けば二人は永遠だと思えた。

旅も終わりにさしかかり、晩御飯を食べに行った。この日は珍しく全て彼女のプロデュースだったので、晩御飯も楽しみだった。

本当に見ようとしてではなく、ボーッとしていた。ボーッとしていたら、彼女がスマートフォンを開いていた。見たくないものだった。家賃だ。やりとりをするのは正直どうでもいい。むしろ、借りている家などの関係で仕方ないと思っていた。だが、彼女は家賃さんとやり取りをしていないと言っていた。この時は彼女の不貞は知らなかったので。ただ、素晴らしい二人の時間を邪魔された気になって、いたく不機嫌になってしまった。それまでは家賃さんの件で言い合いになると、決まって彼女は不機嫌になっていたのだが、この日は違った。非常に私の顔色を伺い、とても気を遣っていた。

最後の最後で喧嘩をしてしまった。喧嘩というよりは、私が一方的に怒ってしまった。なぜ嘘をつくのかと。

帰りの道中で、我慢ならないからもうあいつに俺の存在を言ってくれ。じゃないと気が済まないと言った。あれだけ拒否していた彼女だが、良いよと言ってくれた。ただ、もう二学期が始まる頃に家を退去するのが決まっている。だからその間は本当に出来るだけ波風をたてたくないと言われた。

彼女は疲れ果てて寝てしまった。帰路の間、私は耐えられない自己嫌悪と闘っていた。

別れたあとに、彼女に告げた。

くやしいけど、あなたともっともっとたくさんのしたいことがある。誕生日を祝ってほしい。誕生日を祝いたい。成人式に行かないと言っていたから、二人だけの成人式をしたい。寒くなったら、電車に乗ってコロッケを買いに行きたい。明けましておめでとうと言いたい。また来年の夏に、金沢に来たい。

彼女は、わかった、良いよ。と言ってくれた。

それからは、お互いとても気を遣いあっていたんだと思う。大して喧嘩もしなかった。彼女は相変わらず優しかったし、私も仕事に励み、日々それなりに充実していた。ただ、ここまできてもやはり私の中にある違和感というか、言いしれぬ嫌な予感は消えなかった。

おそらく、幸せな彼氏彼女として過ごせていたのはこの短い期間だけだったんだろうなと思う。彼女の友人関係で、あまり気分の良くない出来事が起こった。その時に、可哀想に思いワンピースを二着プレゼントした。一方は彼女が以前欲しいと言っていて、売り切れて手に入れられなかったもの。もう一方は、私が彼女に似合うだろうと選んだもの。売り切れたワンピースを取りに行く際、忙しいと言っていた彼女がついてきてくれた。嬉しくて、一緒に受け取りたかったからと言っていた。私も充たされていた。

 

8月22日頃、彼女が一週間ほどインターンに行く事になった。前回、東京に行っている間は連絡を取らないとなっていたので、今回はその心積もりであった。心から応援していた。今回は、お気に入りのワンピースで銀座を歩けるねと笑い合った。

彼女は時計を着けない人だったのだが、オフィスワークをするんだからと、父の遺品である腕時計を渡した。大事なものだからと以前に話したことがあったらしい。彼女は大事に預かるといって、しばらくその時計を眺めていた。

出発予定日の前日になった。

出発を1日遅らせると言われた。

何故かと聞いた。それだけ大事に楽しみにしていた日を1日削るとは何事だと思った。

家賃さんの不手際で、その日にどうしても手渡しで家賃を渡さないといけないと言われた。

本当に腹が立った。何故そんなに大事にしていた日を削ってそんな事をしなければならないのか。私と一切連絡を取らないというくらいのイベントじゃないのか!

またあいつか。と思った

納得のいかないまま、変に和解してその日は別れた。荷物もあるだろうし新大阪駅までは送ると約束をした。

その日の夜中から連絡が途絶えた。

 

もしかして、寝過ごしているんじゃないかと思いもしたが、LINEの既読も付いたし、この期間だけはあまり干渉すべきじゃないなと思い放置していた。ただ、日々あった機微をやり取りできないのが悲しくて、日記をつけようと思い、記していた。

もし寝過ごしていたら今頃落ち込んでいるんじゃないかと思い、友人に付き合ってもって富田林の家を見に行った。電気がついていたように見えた。インターホンを鳴らしたが当然出る訳もなく、気にしないことにした。

私はTwitterというものをあまり使ってこなくて、良くわかっていなかった。彼女がTwitterを良く更新していたので、ほぼそれを見て共感するだけのツールだった。

東京に向かったはずの日から二日後、本当に何がきっかけか覚えていない。覚えていないが、彼女の裏アカウントを発見してしまった。私の知っていたアカウントだけを見ていると、あたかも東京で頑張っているかのようだった。ピングーの画像(私がピングーを教えた時、痛く気に入っていた)を添えて、寝れなくて困っているとTweetしていて、私は寝れないときはお風呂でも入ってホットミルクを飲んで、などTweetして、ありがとう寝れた。などのやり取り。タグを付けたわけでもないので、お互いにしかわからないやり取りをした。

すぐに変更されていたが、彼女の裏アカウントと思しきアカウントの画像が同じピングーの画像だった。誕生日も一緒だった。

フォローしているアカウントがゲスかった。エロ目的の下品なアカウントや、良くわからない女性が自撮りの下着や裸の画像などを投稿するアカウント。Tweetの内容も、とてもゲスかった。

そのアカウントを見るに、どうもその日その時間に東京に向かっているようだった。まだ、大阪に居たみたいだ。

見過ごせないTweetが何件かあった。

 

「憧れの人に恋愛感情を持つのが怖い」

「憧れの人に好きだけど好きって言えない状態が一番幸せだと思う」

「憧れの人とPL花火を見に行きたい」

 

上の2つは、私が死のうと思うと伝えてしまい、誠心誠意心から励ましてくれた日の翌日だった。

花火に行きたいというTweetは、私が彼女と花火を見に行こうと約束した日だった。しかも、おそらくは隣に居た時間で、私が花火を見に行こうと切り出したすこし後だった。

言うまでもないが、とても辛かった。憧れの人というのは、彼女が良く面倒を見てもらっている先生だった。彼女が居ると言っていたはずだが、そんなのは関係ないと後で言われた。

直接彼女から聞かないと、信じられなかった。それくらい彼女から貰った元気は本物で、本当に救われたと思っていたから。

 

その時に、家賃さんのTwitterアカウントと先生のアカウントを発見した。両方ともロックがかかっていた。後悔と失敗の念しかないが、私はどうやらこのときに彼にフォロー申請を送ってしまったらしい。

 

彼女はネットストーキングというものに非常にうるさい。もしかしたら、今の若者のモラルではそれが当たり前なのかもしれない。

なので、この話をしようかしないでおこうか、最後の最後まで悩んだ。 友人にも相談した。もう、インターンを終えても連絡すら来ないんじゃないかとさえ思っていた。

8月25日、彼女は言っていた通りの時間に連絡をくれた。おわりましたよ。と

京都駅まで、迎えに行かせてほしいと言った。最初は断られたが了承してくれた。

私は花束を用意した。何度も何度も考えた。私は彼女とこれからも共に歩んで行きたかった。それが一番の願いだった。だから、話すにしても話さないにしてもその場に彩りが欲しかった。

本当に最後の最後まで悩んだが、帰って来た彼女の顔を見たら、何も言いたくなくなった。このまま、私が気にかけなければ良いんだと思った。

彼女はしきりに私に聞いてきた

どうしたの?何かあった?疲れてる?何か怒らせた?と

たしかに、お世辞にも朗らかには笑えてなかったと思う。この頃くらいから彼女は私の表情の変化で気配せをしてくれるようになっていた。

花束を驚かせて渡す必要があった。渡したいものがあるから、ホテルに行かないかと言った。

すこしくらいなら良いよと言われ、ホテルに向かって、花束を渡した。とても喜んでくれたが、やはりまだしきりに様子を伺ってくる。

甘えてしまった。

本当にあの日東京に行った?と聞いた。

いつかの冷たい目だった。バレてたか。と言われた。

どうしてバレたかわからないと言われた。裏アカウントの事を言おうとしたら、全て言い切る前に遮られ、アカウントを見つけたってわけねと言われた。詮索をしていたことに関しては怒られなかった。

憧れの人というのは先生で、好きになろうとしていた。死にたいと言ってしまった私を支える自信が無くなったからと。でも結果好きになれなかった。と言われた。

あのアカウントを見られたら全て終わると思っていたと言われた。

裏アカウントを発見してから、このブログを書いている今まで、ほとんど寝れていない。ご飯を食べてもすぐ嘔吐してしまい、食べては吐き食べては吐きを繰り返し体重は17キロ落ちている。とてもじゃないが頭が回っていないし、このあたりから記憶もかなり不鮮明であるが、覚えている範囲で出来るだけ詳しく書き記したい。

どういう経緯だったか覚えていない。が、身体の関係があったわけでもなければ、相手に好意を伝えたわけでもない。そんなの日記に書き記した程度だと思ったのは覚えている。

ただ、そのツイートをした日が私にとってあまりにも残酷なタイミングだっただけだ。

不特定多数の目があるところに、そういう事を書き記すのはどうかと言うことを伝え、彼女と仲直りした。今までついてきた嘘を追及する気は無い。だから、今日で一旦全て精算してくれ。1からのスタートにしてくれとお願いした。本当にもう裏切らない。正直に話すようにする。本当にごめんなさい。次に何かがあったら、殺してくれて構わない。と彼女は言った。

夕刻までホテルで過ごし、夕飯を食べに向かった。

母から、話があるから直ぐに連絡をよこせと言われた。確実に嫌な何かがあった。

私は以前、彼女に初めて別れ話をされた際に起こされた時の目がトラウマで、彼女と居るときは睡眠を取れないようになっていた。どうかしていたんだと思う。処理がおいついていないところで母からの連絡だ。気を抜いていた。不用意に 家賃さんのFacebookアカウントから彼の写真を見た と言った。本当に言わなくて良かった。

ネットストーキングだと彼女の怒りが爆発した。いい子ぶっていた私の感情も高まり、大喧嘩をしてしまった。彼女はそういう時、どうあれ論破しようと非常に攻撃的になる。そして、都合が悪くなれば開き直る。タチが悪い。

その時も、結果全部私が悪いけどもう疲れた。脳細胞が死んでIQが下がる。別れたい。と言われた。花束を投げ捨て、時計を投げ捨て、当てつけのように、返すと言っていた金を今すぐ返せと言った。返せないなら親から取り立てると。その日は彼女の母の誕生日だった。

中絶手術をした事がバレるくらいなら、死んだほうがマシだ。殺してくれと言われた。

その通りだ。ましてや母親の誕生日だときている。あまりにも酷で稚拙な発言だったと反省し、改善点を言ってくれたら注意するから、仲直りしないかと持ちかけた。

この日も何とか着地をした。

 

執着なのか愛なのかわからないと書いたきがする。記憶を辿りながら思ったが、これは間違いなく執着である。

無償の愛と呼ぶにはあまりにも偽善的で、ドロドロと腐りきっている。

とこで歯車が狂ったか、はなから私が欠陥品なのか、こんなに自分の事を理解できなくなったのは初めてだ。

 

数日後、家賃さんからフォローバックが来た。この時にフォローしてしまっていた事に気付いた。家賃さんはInstagramに、ラブホテルで事後に撮ったであろう彼女との写真を掲載していた。思い返してみれば、彼女がキスマークをつけていたときと日が被ったが、彼女には学校の課題で写真撮影のためにホテルに行った、けして何もない。と告げられた。眠れない日が続いていた。常に限界状態だと感じていながら、限界記録絶賛更新中であった。

私の中で長い間澱んできた違和感は、先生との話と言うことで自分の中で片付けていた。全くと言えば嘘になるが、馬鹿みたいに今まであった家賃さんを起因としたいざこざも綺麗サッパリ片を付けていたのだが、テーマ画像というのか、なんと呼称すれば正解なのかは知らないが、どこかで見覚えがあった。

例のホテルでの彼女の写真だ。

ここでモラルを優先して思い留まれるのがマトモな大人なのだろう。

私はそうはなれなかった。過去のツイートを遡ると、彼女のついてきたたくさんの嘘が全て明るみに出てしまった。

とうの昔に、お互いに愛想を尽かしていてもおかしくない。だが、私の中で中絶手術の出来事が大きかった。あの日に支えていこうと受け入れていこうと決めたのが、全てを許す理由になった。こういう意味でも、執着だったんだろうと思える。

些細な嘘は掃いて捨てるほどあった。見たくないものは山ほどあった。そんなものはどうでも良かった。

一つだけ、どうしても引っかかるものがあった。彼はオーディオアーキテクチャー展の動画をツイートしており、彼女が行っていた日と同日だった。動画の中で、お互いが和気藹々と話している。彼女の声に聞こえた。私はそれ以上、見る事が出来なかった。確かなものにしたくなかった。

    先日の大喧嘩から、私は折を見れば彼女との時間を取るようにしていた。一刻も早く嫌な感情と記憶を消し去りたかった。積極的に何処かへ出かけ、腫れ物を扱うように、あの日の事は触れないように避けていた。

その日も会う約束をしていた。私は、本当に何か嘘をついていないか。と聞いた。当然のようについていないと言われ、それで済ませようとした。その日の別れ際、彼女がよくわからないことを言い出した。ハッキリと覚えていないが、構ってほしそうなやや自虐的な私とやっていける自信がないというような内容であったと思う。

無意識に、もう別れよう と言ってしまった。

彼女はとても驚いた様子で目を見開いていた。私の中で何かが終わった。言いたい事はあるが、墓まで持って行くと捨て台詞を吐き、自宅へ帰った。この日は死んだように熟睡できたのを覚えている。

翌日、彼女からLINEが届いた

本当の事を言うことが、必ずしも正義なのか。といった内容であったと思う。もう、頭が回っていない。徐々に距離をとって、自分の楽なタイミングで離れようかなともおもっていたが、その一言で もう全て言ってしまおう。と思った。彼女を思ってとか大層な理由ではなく、ただ私が気を晴らしたいだけ。それだけだった。

仕事を切り上げ彼女と会い、最後に本当に嘘は無いのかと問いかけた。彼女は私の選んだ洋服と、贈ったアクセサリー、良いと言っていた髪型。あからさまに、私を意識した出で立ちであった。この日は時間が経つのがとても速く感じたのを覚えている。本当に速かった。自分の中で、終わりが見えてしまっていたからだろう。

うっすらと勘付いていたらしいが、それでも「無い」と言われた。本当は彼女に自白してほしかった。悪過ぎる往生際は美しくない。

ハッキリと、言葉は選ばずに、見たものを告げた。

私が思っていた以上の返答が返ってきた。

撮影のために行ったと言っていたラブホテル。その前日も彼の宿泊しているホテルに行った。撮影と言っていたが、撮影した後に寝てしまった。その時に、無理やりキスマークをつけられた。試験で東京に行くと言っていた日、彼とホテルに泊まった。その日も身体を求められた。翌日、試験会場には行かずリモートでホテルから済ませた。展示会も付いてくると言われ、一緒に行った。私に怒りの電話をした後、とてつもない自己嫌悪に襲われた。本当に酷い事をしたとそこでやっと気付いた。あくまで、借りてもらっている家のために良好な関係を築く必要に迫られていただけで、決して行為もなければ好意もない。それだけは信じて欲しいと。

何故か、言ってくれてありがとうとさえ思った。もうこの時には愛情は無く、ただ執着心のみが残っていたのかもしれない。許せてしまうんだろうなと思った。彼女への依存と自暴自棄な執着心が非常に怖かった。

彼女にもらった元気のおかげで、私は仕事に精を出せていた。その甲斐あってか、生活も少しは自立に近づき、すこしの間なら働きに出ずとも良いくらいの蓄えがあった。運も良かったんだと思う。

25日、彼女と話をしてから私はほとんど仕事に出れていなかった。その時にある程度まとめて用意した金を浪費して彼女と会っていた。彼女の目には、収入が激減していたように写ったかもしれない。相変わらず眠る事も上手く出来ず、摂食も不備を来したままだった。

身体の関係は無かった この言葉を盲目的に信じてしまった。信じてしまったと言うよりは、そう信じ込んだと言ったほうが正しいかもしれない。

自分の中で、両極端な方向に意思と感情が暴走し始めた。どう対処していいかわからなかった。

何も考えれず、言われた事にプログラムされた機械のように反応していたと思う。

発言に整合性もなく、いきあたりばったりの反応を繰り返していた。自暴自棄に写ったと思うが、ただただ体力の限界であった。

今でも理解に苦しむが、その日は彼女の物を馬鹿みたいに購入していた。いきあたりばったりで、欲しいとも言われてない物を。

カメラの話になれば、カメラを買い、必要も無いのにAmazonでSDカードは買い、お風呂に入りたいと言えば洋服と下着を買い、その洋服に合うようにと靴を買い、先程Amazonで購入したにも関わらず、家電量販店へSDカードを買いに行き。もう訳がわからない。極致である。説明しろと言われればとても難しい。ホームセンターで、ロープを購入していた。明確に死にたいと思った訳でもない。大型ショッピングモールに居たので、ホームセンターが併設していた。本当にそれくらいの理由であったと思う。

彼女の目にはどう写って居たのだろうか。勉強しなければいけない作業が山積みだと言っていたが、離れると死んでしまうだろうから帰らない。と言われていた。

別れると言ったら、Amazonで商品を購入した際に、住所がバレた。怖い。と言われた。本心なのか、繋ぎ止めるために言ってくれたのか、それはわからない。

いきあたりばったりな私は、SIMカードを引っこ抜いて彼女の鞄に電話を放り投げて帰路についた。彼女の中でそれが決め手だったんだろう。私が本当に死んでしまうと思ったらしい。必要な連絡があったので、以前使っていた電話にSIMカードを刺して使用した。

 

とにかく寝たかった。限界だ限界だと思っていた今までが、限界だ詐欺に感じるくらいに、何よりも寝たかった。

定量の何倍もの睡眠導入剤を飲んで、無理やり寝ようとした。落ちかけた頃に電話が鳴った。彼女だ

意識が朦朧とした中で、泣いているのがわかった。本当に彼女の涙に弱い。すぐ目が覚めた。

警察を呼んだ。GPSの現在地確認で私の家の住所を割り出した。家から動かないで欲しい。と言われた。

睡眠導入剤を飲んだ後、寝入るのに失敗すると健忘という症状が起きる。その時は起きて普通に振る舞っているが、後から記憶を辿ろうにも断片的にしか思い出せないというやつだ。

 

警察が来た

何かを喋った

妹が対応していた

彼女が居た

洋服を着替えていた

警察が帰った

 

少し意識がハッキリしてきた。彼女は私が音信不通になる事を危惧し、こっそりと車内に私の電話を隠していてくれた。その旨を伝えられ、電話とLINEでやり取りをしていた。こうなると、もう眠れない。

それは酷い内容だったと思う。彼女をとても傷付けた。書いていて気付いたが、私はどうやら彼女との思い出の中で自分に不都合な点があれば、フタをしてしまっているようだ。傷付けた内容が思い出せない。

ただ、彼女が家賃さんに、3月から先日まで彼氏が居た。といった内容を送ってくれたスクリーンショットを見たのは覚えている。その返信として、もう退去費用の20万円は自分で支払ってくれ。と受けていた。

この日から私の感情は完全に暴走している。人間なら最低限持っているであろう理性すら持てているか怪しかった。もうこの頃には、嘘をつかれていた事などどうでも良くなっていた。なぜ怒っているか、なぜ悲しんでいるか、何が許せないのか、薄っすらともわかっていなかった。もうあなたと連絡を取ることは無いと言われた。

翌日、数時間の睡眠を取ることが出来、やや正気を取り戻した私は彼女に長文のLINEを送信している。退去費を支払わないといけなくなってしまったのは、私が原因だ。中絶手術などで身体を傷付けてしまったこともある。貸した金はもういいし、少ないかもしれないが、慰謝料として合わせて30万円程支払う。少し時間がかかってしまうが了承してほしい。返答が無ければ実家のポストに投函させて貰うが、両親に心配をかけることは避けたいので出来れば直接やり取りをしたい。といった内容だった。LINEはブロックされていると思ったので、Twitterのダイレクトメールなど何通りかの方法で送信している。

返事は、少し待って欲しいと連絡が来た。

深夜に返信が来た。ブロックはしていない。私は取り返しのつかない事をしてしまった。気付くのが遅かった。こんなに愛してもらった事は初めてで、ついてしまった嘘によって、本当に思った言葉さえも嘘に変わってしまうのがとても辛い。お金をいくら支払うかはまだ話し合っていないが、あなたが支払う必要は無い。自分でどうにかするのが当然の義務だ。といった内容であったと思う。

この時初めて、真の意味で私の違和感とモヤが解消された。思い返してみれば、彼女のついた嘘は家賃絡みの事ばかりだった。そこさえ解消できれば、何もかもが修復できるのでは無いかとさえ思った。

その返信を受けて、今から会えないかと伝えた。

私の自宅の最寄り駅まで出向いてくれ、彼女と会った。数十時間程しか経っていなかったはずなのに、とても久しぶりに会ったような感覚に襲われた。彼女は焦燥しきっていた。

私の提案で、ホテルで落ち着いて話をしようとなった。お互い疲れ切っている。せめても楽な態勢で話をしたかった。

彼女は、謝罪の言葉を発した。消え入る様な声だった。そして、もう何もかも話すから、何でも聞いて欲しいと言われた。

退去費用など、払わなくても済むような金は出来る限り負担させたくないと思っていた私は、せめて減額出来るようにと色々問い正した。彼女には酷であったと思う。聞き方によっては、かなり悪趣味なところまで踏み込んで聞いていた。

全て話し終わった後、もう一度やり直せないか。あなたのついた嘘は彼絡みの事ばかりだから、その懸念が無くなったらまた笑顔で過ごせるんじゃないか。やはり、私にとってあなたはかけがえのない存在だ。と伝えた。あまりに女々しい。今までの私なら、格好悪いと忌避していたような行動だ。もうそんな事どうでも良かった。世間体なんて気にならなかった。

彼女は驚いたと言っていたが、さして驚いているようには見えなかった。

とても嬉しいが、私は今自分自身が信用できない。人と近い距離に居るのが怖い。だから、少し時間をくれないかと言われ、私はそれを了承した。身体の関係は、その時までとっておこうと提案した。

それから最後の日まで、ほぼ一緒に過ごした。日に日に元気になる彼女は、次第に反省の色を忘れ逆上するようになっていた。私もこの事ばかりは譲れず、綱渡り状態であった。それでもなお関係を続けていたのは、傍から見ると離れたほうが良いと断言される状態だった。自分でもそんな事は重々わかっていた。

私自身、思ったよりも立ち直れていなかった。彼女が横で寝ている間、彼女と肌を合わせている間、吐き気を催してしまったり、相変わらず睡眠も取れず、食事も摂れず、精神も薄弱していた。

    9月6日早朝、前日から私は彼女の逆上から、もう無理だと吐き捨てていた。最終的に彼女が、私が今までしてもらってきたように、今度は私がフォローをする。償っていく。と言ってくれたのだが、収まりがつかずLINE上で恨みつらみをネチネチと言っていた。9/5 21時頃から深夜3時頃まで向こうからの連絡が途絶え、私は幾度となく電話を鳴らしていた。このときに会話の流れで、東京で 彼と会っていたのは、5月頃から予定していた事だ。インターンの試験に行ったのではなく、はなから彼とホテルに泊まるために出向いた。と言うことを告げられた。謝罪と償いを述べていた彼女も、この頃にはもう自暴自棄に開き直って居た。

私はこれが許せなかった。中絶手術をした直後で、身体を求められるとわかっている男性と一晩を過ごした事、向き合わないといけない。支えてほしい。と言っていた日から、ほんの数日しか経っていなかった事、あれ程にお互い消耗し話し合った結果、もう嘘は無いと言っていたのに、さらに嘘をついていたこと。この日までは、嘘をついていた理由は私に嫌われたくない一心でと言っていたが、結局は自分の都合の良いようにするためだと言う事を半ば告げられたようだった。

怒りの頂点にあった。死ねと連呼した。子供は本当に俺の子か?信じられないとまで言った。私の人生めちゃくちゃにしてよ。殺してよ。と言われた。彼女から着信が入った。眼の前で死ぬために私の家へ向かっていると言われた。これも嘘だったのだが。

来られても困る。彼女が心配だ。死んで償え。色々な感情で、私は彼女の自宅がある街へ向かった。道中電話で暴言を吐いていた。彼女はもううんざりしたかのように、怒るともせず、謝るともせず、完全に開き直っていた。

彼女の自宅前で会うことになり、車の中でうとうとしながら待っていた。助手席のドアを開けられ やっぱり死にたくないから。じゃあね。とだけ言われ去っていった。

彼女はドレスを着ていた。その違和感にもっと早く気がつくべきだった。

待てと呼び止め、頬を叩いた。首根っこを抑えて、車へ乗せようとした。

振り向きざまに、何かで斬りかかられた。彼女の手には刃を目一杯出したカッターナイフが握られていた。

理性などかけらもなかった。私は彼女を倒し、カッターナイフを取り上げ側溝に放り投げ、力任せに引き摺って車へ放り込んだ。彼女は膝を大きく怪我していた。後の事情聴取では、車を走らせると落ち着くと思ったなどと発言したが、そんな理知的な考えの元行動していなかった。ただこの場を離れた方が良い。そう思った。車に乗せても彼女は収まらず、手当り次第物を投げ、喚き叫び、蹴り、脱いだハイヒールで殴り掛かり、髪の毛を引っ張り顔を殴り。私も髪を引っ張り、首根っこを掴み車内に叩きつけ、やり取りをしていた。いい加減にしろと言い、彼女の腹と、顔面を力任せに幾度となく殴った。彼女は嘔吐と共に収まり、私もその彼女を見て我に返った。彼女はこの間の出来事を、スマートフォンで録音していたらしい。カッターナイフも用意していたあたり、意外と冷静だったのかもしれない。気付くと少し離れた街に居た。身体の震えが止まらず、ひどい頭痛と目眩に襲われ、無言で車を停めて、どれくらいの時間かわからないが横たわっていた。彼女は助手席で何かをしていた。色々と報復のための準備をしていたのかもしれない。

酷い汗と共に意識を取り戻し、車のエンジンをかけた。彼女は車から飛び降りた。この時の会話はよく覚えていない。

罪を償えと連呼していたんだと思う。どうしたら償えると言われ、もう親に全てを話すから、今晩我が家に親と家賃を連れてこいと言った。家賃に連絡をして問いただすと言った。彼女は最後までそれを拒否していたが、わかったと言いその場を離れようとした。

今更そんなわかったなど信用出来るか。何か担保をよこせ。今持っている現金をよこせと言った。彼女は鞄から数千円取り出し渡してきたが、そんなものじゃ担保にならないだろう。今から取りに行くからパソコンとカメラを渡せ。車に乗れと言った。もう手は挙げないという旨を約束し、彼女は渋々車に乗り込んだ。

カッターナイフで斬りかかった事は、あくまで正当防衛だから悪く無いと主張してきた。それは犯罪だと言うことを自覚したほうが良いと言った。それでも納得のいかない様子だったので、なら今から警察に行こう。私も暴力をふるった事を自首するから、お前もその事を自白してみろ。わかった。殴った事は悪いと思わないの?思わない。いや、嘘をついた。本当に悪いと思っている。パソコンなんぞ持っていても仕方がないから、売り飛ばしてやる。親を連れてきたら、その時に返してやる。そんなやり取りをしていた。

道中、彼女は呆然としていた。私も何の感情も持っていなかった。売り言葉に買い言葉というのはよくある話だと思うが、そんなものじゃなかった。本気で、そうしてやろうと思っていた。

彼女に、あなたは私の事を好きだと言うけど、それは嘘でしょう。好きなら、もっと私の事を考えてくれるはずだと言われた事がある。その時は、結局都合のいいやつが欲しいのか。自分が不貞を働き嘘をついたのが原因なのに、何を言っているんだこいつは。と思っていたが、私の本質に気付いていたんだと思う。彼女の顔と膝には、痛々しい傷が残っていた。

彼女の家の付近で、警察に止められた。非常に物々しい雰囲気で、20人以上の刑事と、何台ものパトカーが停まっていた。そのまま近隣の本署へ連行された。

通報が入り防犯カメラを見てみると、女性が乱暴をされ、無理矢理車に引きずり込まれるところが映っていたらしい。私が帰るのがもう少し遅ければ、拉致監禁と傷害の容疑で手配をかける直前だった様だ。

被疑者扱いでないことを確認し、タバコを吸った後刑事課の取り調べを受けた。私はありのままを話した。刑事は、私の気持ちもわかる。中絶手術の事は調書には書かないでおく。少しでもズレていれば、大怪我になっていたであろう。無事で良かった。と言ってくれた。少し落ち着いたのを覚えている。最後に、飲酒はしていないかと言う事を聞かれた。していないがどうしてだ?と聞き返すと、彼女が非常に酒臭く、相当飲んでいたみたいだと聞かされた。

どうやら、キャバクラか何かのアルバイトに行っていたらしい。とてもじゃないが、フォローしていく償っていくと言っていた人間が数時間後にまた嘘をつき、酒を飲んでいたなんて信じられなかったが、ドレスを着ていた事が腑に落ちた。卑怯な言い訳だが、泥酔状態だとわかっていればあんな対応はしなかった。わかっていれば彼女の発言を気にも止めなかった。とてつもない後悔が生まれた。

刑事課の取り調べと調書読み上げが終わったあと、彼女は起訴する気がないと発言していると告げられた、彼女が未成年という事もあって生活課の方でも取り調べをしたいと言われた。

    被疑者は彼女の方だった。銃刀法違反と暴力罪の嫌疑らしい。あれだけ犯罪だと言ったのに、どうやら自白したみたいだ。この時の私は、19歳の少女が肉体的にも精神的にも追い詰められ、多量のアルコールが入った状態で彼氏としていた相手からひどい暴力を受け、キツい取り調べを受けて焦燥しきっているはずだと考えた。何とかして、私が彼女の罪を被らなければいけないと思った。どう考えても、彼女のこれからの人生で前歴を背負うより、私のどうでも良い人生でその罪を消化したほうが良いに決まっている。私が守らねばと思った。後からわかった事なのだが、どうやら彼女は最初からDVを受けた可哀想な少女として扱われていたらしい。少年課のボケ共が悪趣味にもドアを全開で取り調べをしていて、色々と筒抜けだった。少年課の刑事というのは、どうしてああも下劣で品性が無いのかと常々思う。とても青少年を保護する目的で職務に当たっているとは思えない。彼女はどうとっていたかはわからないが、私としては非常に腹立たしく、触れなくても良いような悪趣味な詰問ばかりをしていたように思える。その屈折した陰湿な人間性を、いつか何らかの形で報復してやろうと心に誓った。

担当の刑事に、どういうつもりで取り調べをするのかと聞いた。家庭裁判所に云々と言ったが、そんな事を聞きたいわけじゃない。あの子を保護し、躓きかけた道を正すためなのか、単に罰を与えたいだけなのかどっちだと聞いた。どうやら、前者らしい。定年間近の能無しに見受けられたが、そんな事はどうでもいい。私の申告した調書でいかに彼女の罪を軽く出来るかとしか考えていなかった。保護する目的なら、まず未成年とわかって飲酒を黙認している、無責任な職場に調査を入れる事を約束させた。この場を適当に消化するためだけの発言だと言うことはわかっていたが、どうにも気が済まなかった。何故この時に彼女を庇おうと思ったのか、何故先程まで酷いほどに彼女を追及していたのか、どっちが私の本心なのかわからない。

私が用意したナイフで彼女を脅迫した。普段から酷い暴力をふるっていたから、彼女は追い詰められていた。押合いの末、彼女は私のナイフを奪ってとっさにこちらへ向けた。そのナイフの刃先は、私に向けられていたのか彼女に向けられていたのかわからないと供述した。冷静に考えればわかる。彼女は洗いざらい自白していたので、そんな嘘が通るはずがない。偽証罪の嫌疑をかけられ、追って連絡すると言われた。

私の取り調べは、被害者という扱いの割には非常に長かった。とても横柄な態度を取っていた。途中、私はまだ本人確認をしていないが彼女はどうしているのか、もう釈放されたのかと伺った。彼女の顔が見たかった。両親が迎えに来てもう帰ったと言われ、写真ならあると見せられた。直視したくないくらいの傷が残っていた。もし彼女にそんな傷を付けた人間が居たのなら、私はどうあっても許さなかっただろう。物騒だが、ふとした歯車が噛み合えば殴り殺していただろう。そう思った。実際今見たらもっと酷い傷だけどなと、悪趣味に笑いながら告げられた。刑事がパソコンに調書を打ち込んでいるタイピング音が、プログラミングを勉強している彼女のタイピング音に似ていた。私はその音を聞きながらうとうと寝入るのが心地よかった。

色々なものがフラッシュバックし、酷く取り乱してしまった。頼むからもうキーボードを叩くのをやめてくれと叫んだ。少し焦ったような刑事が、少し外に行って休憩して来ても良いと言ってきた。なぜかその瞬間から刑事が私に甘くなったのを覚えている。気でも触れたと思われたんだろう。

一通り取り調べを終え、疲れも酷かった。実況見分中に、やたらと高圧的な若い刑事と女性刑事にゴミを見るような目で恫喝された。彼女の傷を見ていれば、当然の対応だろうなとは思ったが、不快に思った印象が強い。

最後に生活安全課の刑事から警告があると言われた。彼女にふるった暴力の件であると思ったが、少し意味合いが違った。

彼女は別れたい、金輪際関わってほしくないと言っている。お前にはストーカーの嫌疑がかかっているので、ストーカー警告とする。一切接触を持つな。といった旨であった。

さらさら請求する気は無かったのだが、貸している金はどうするんだ、あと、近隣に車を停めてある。それはどうするんだと聞いた。

車を取りに来るなど、明確な目的があれば良い。貸している金は、本当に請求すべきか考えろ。それでも請求する気なら、弁護士を立てろ。と言われた。実質泣き寝入りをしろと言っているのかこいつはと思った。元より、もう関わり合いを持つ気も無かったし、持てる気もしていなかった。最初の取り調べの際に、彼女が不安なら、念書を書いても良いと伝えてくれと言っていたので、念書を書けと言われたが、拒否した。拒否したというより、書けなかった。もう駄目だと思っているにもかかわらず、あれだけの事をしたにもかかわらず、彼女との関わりを自ら断つことが出来なかった。何より、早く解放されて落ち着いて考える時間が欲しかった。

 

本署からの帰り道、非常に惨めな気分だった。とにかくいけないと思い、連絡先とTwitterのアプリを消去した。一万円ギリギリまでその辺を走ってくれ。最終自宅まで送ってくれとタクシーに乗った。運転手さんは中々に人情味のある人で、色々と話を聞いてくれた。何故か牛丼を御馳走してくれ、最後に行ってやると言って彼女の家の前を通ってくれた。恥ずかしげもなく泣いてしまった。彼女の住んでいる街でよく客待ちをしているから、その年頃の女の子が困っていそうだったら気をつけるようにするよと言ってくれた。その時間がなければ、今より酷く被害者面をしていたかもしれない。

事情を話し、数日間母親に携帯電話を預かってもらった。何があっても消せなかった、彼女との思い出の写真は消せないままだった。

ひたすら眠った。日付の感覚が無かった。ひたすら眠り、小一時間ほど起き、また眠る。繰り返しているうちに、少しずつ悲観に暮れた感情が薄まっていく実感があった。

もう大丈夫かもしれない。そう思い、携帯電話の電源を入れた。

もし明日死ぬとなれば、連絡を入れよう。それくらいは許されるはずだと思っていた。

心の何処かで都合よく、もしかしたら彼女は私からの連絡を待っているのかもしれないとさえ思ってしまっていた。ハッキリと、面と向かって拒絶された訳ではない。あの日の数時間前まで、愛していてくれたじゃないかと。

私はストーカーというものを、蔑み見下し馬鹿にしていた。世の中にはとんだ勘違い野郎もいたもんだなぁと、自分はこうはなるまいと。

この時の思考は本当に怖い。あれ程の事をしておいて、まだ愛されているはずだと思ってしまっている。狂気に近いと今では感じる。

自己を抑制する機能が麻痺していた。もしかすると、もう壊れてしまっているのかもしれない。このままもう少し放置していたら、実際に彼女の住居へ行っていたかもしれない。手紙等を投函したり、誕生日だとなったら何かを贈っていたかもしれない。異常であると思う。

少しずつ緩んでしまった気持ちと、都合良く湾曲し解釈した事実と、彼女との日々の記憶が助長し、浅はかな考えで彼女に送信する文面を打っていた。Twitterも復旧させてしまった。

彼女のアカウントを覗いた。かかっていたはずのロックが外れていた。

自分の人生は自分のために使おうと思う。というツイートに、憧れの人であった先生からの返信がついていた。

今思えば吐き気のする思考だが、彼女は私に見せるためにロックを外したんじゃないか。と、もうその時にはとことん自分に都合の良い解釈しか出来なくなっていた。

法テラスにストーカー警告というものについて質問していた。どうやら、私が思っていた以上に重いものであるようだった。 

自己保全のため、ギリギリのところで思いとどまっていた。数人の信頼できる友人に相談した。皆、口を揃えて止めておけと言ってくれた。

その中に一人、特別目をかけてくれて何故か私を励まし甘やかし、良く遊んでくれる先輩が居た。一体何があったんだ。話して楽になるなら聞かせてくれと。流石にその人の言葉は大きかった。頼むから早まった真似はするなと言ってくれた。本当にギリギリのところで救われたと思った。

   翌日、これは今日の事なのだが、目を覚まして無意識に彼女のツイートを開いた。少し荒れているようだった。本当に、憧れの先生とよろしくやっているようだった。

寝ぼけたうちに下書きしていた文面を、彼女に送ってしまっていた。連絡を入れたい気持ちを処理するためにメモ帳に書いて、何度も読み返し推敲していたのが裏目に出てしまった。

やってしまったと思ったが、不思議と後悔はそれほど無かった。既読が付いていた。返事は無かった。

警察から電話が掛かってきた。内容はわかるなと言われ、逮捕かと思った。が、これを最終通告とし、警告とすると言われた。私は書類に何もサインをしていない。厳密に言うと、まだストーカー警告というものを受けていなかったらしい。色々と、それでも私が逆上しないようにか丁寧に言葉を選びながら、彼女が拒絶している旨を伝えられた。

電話を切る際に、彼女に私のアカウントをブロックしてくれと伝えてくれと言った。

彼女のアカウントを見た。

「ただただ怖い」とツイートされていた。

私の愚かな脳味噌は、やっとこの時に気付いた。全て都合の良いように解釈していただけだと。

全てをアカウントから削除した。携帯電話を初期化した。どうしても削除出来なかった写真や、彼女から唯一贈られた、大事にしていた小説も破棄した。

   

        記憶を取り出せて何処かに置いておければ、どれほど素晴らしいかと思う。何の気なしに書き始めたこの日記に、嘲笑混じりにそんな願いを込めて書き起こしてみたらここまで辿り着くのに16時間かかった。この無駄な時間と文字数が、如何に私が正常な判断能力を長期に渡って失い、執着してきたかを物語っていると思う。

書き始めた時は絶望に暮れていた。前向きな感情は一切無かった。今は少し違う。私は過去の失敗や成功をほぼ省みない大馬鹿野郎なのだが、本当に楽しかった思い出や苦しかった事、充たされ、与え、与えられ、裏切り、裏切られ、出来るだけ事細かに書いているうちに記憶を反復出来た。

同じように充たされた気分になったり、腹が立ったり、所々、特に終盤に差し掛かるにつれてかなり苦しかったが、全ての出来事が一回り小さくなってくれた気がする。

今更見苦しいのでどれほど好きだったかなど書く気にはならないが、その時々の私の感情は間違いなく本物だ。今となっては本当に真意はわからないが、彼女から受け取っていた感情も本物であったんだと思う。私の浅はかな一つ二つの行動で、全てを「怖い」の一言で終わらせてしまえるようにしてしまったのは、虚しくもあり猛省する点ではあると思うが悔やんだところでどうしようもない。

正直、全然立ち直れてなどいない。人生という単位で見れば取るに足らない短さではあったが、何故かあまりにも濃く深かった。私の今までの人並み以上には豊富な女性経験で、間違いなく、初めてと言って良いくらいに真剣に向き合っていたとおもう。

友人からは「らしくない」などの言葉を投げかけられるが、心外である。私は初めて人間に一歩近付いた。友人なら祝福の一つでもしてほしいところだ。

ご丁寧にハングズマンノットに結ばれたロープは、まだすぐ手の届くところにある。勢いで飛び降り自殺でもしてしまわないように、しばらくは目につくところに置いておこうと思う。そうした方が私の寿命は伸びる気がする。

眠りにつくのが怖い。数年前から、目を覚ました瞬間が一番絶望感を感じ、自制のコントロールが効かない状態になってしまっている。ある程度立ち直るにはもうしばらくの時間を擁すると思う。今その状態になるのは危険過ぎる。もう、過ちは犯したくない。

私の生業としている仕事は現金が必要だ。所謂種銭というやつだ。そいつを修復不可能なくらいにまで食い潰してしまった。その旨を話したら、先述したお節介な最高の先輩が「立ち直れるなら、すぐに用意して貸してあげる。」と言ってくれた。断りはしたが、本音のところはもしこれから生きていくんなら、正直かなり助かる。本当に何故か私にだけ理解に苦しむくらい甘い。一度その事について聞いてみたら、少し自分に自信が持てるのかもしれない。

絶望の淵から書き始めたこの日記も、いよいよ締めだ。義務もないのに使命感に駆られて書いていたので、その間物思いに耽り再度絶望する事も無かった。書き終えてしまえばまた苦しいのかと思うと辛いが、こればかりは仕方ない。現実を頑なに受け入れてこなかったが、私はこれからも生きていかなければならない。

まだ、彼女の存在を少しでも知っている人とは会いたくない。助手席に乗せてこの数ヶ月で二万キロも走った愛車に乗るのは、恐らく耐えられない。

車内にはまだ彼女との思い出がちらほら残っている。いつかは向き合わないといけないのだが、そんな事すらまだまだ時間がかかりそうだ。

さしあたって不都合なのは、私が料金を支払い共有していた、Amazon関連のサービスと、空気も読まずに地雷ワードを放り込んでくる携帯の予測変換くらいか。今プライム・ビデオを取り上げられたら泣いちゃうので、端末一台分の枠を貸してくれる友人を募集してみようかと思う。

あ、あと最低一年は彼女の住む街に行けない。どうして10年も後に産まれてきて浮気をし掻き乱した挙句、矢継早に次の相手を引っ掛けたワガママ娘の為に数カ所行けない場所を作らないといけないのかと腹が立つが、仕方の無い事なんだろうと納得せざるを得ない。近隣に優良店舗があったので大きい痛手だ。あまり深く考えていなかったがあの街を避けないといけないとなると、死ぬ程交通の便が悪い。通過するだけなら良いのか。彼女が引っ越しなどをした場合はどうすれば良いのか。通知はしてくれるのだろうか。今となってはもう、出来る事なら私も接触は避けたい。ストーカー規制法、急ごしらえのガバガバの法令である。本当にされている側を守る意図があるなら、ストーカーとみなされた側のケアももっとしっかりすべきだ。こんなやり方では、ストーカー予備軍の一軍昇格を助長している。

 

このブログのURLを知っている人間は居ない。もしかしたら彼女が知っているかもしれないが、恐らく見ることは無いだろう。

ストーカー警告とかいう一方的なクソ通告にビビって本音の本音を書けなかったところもあるが、誰に見せるために書いた訳でもないので良しとする。

 

一日も早く訪れる心の平穏と、深く傷付けてしまった彼女と私自身の幸せを願って。

 

2018 9/12 本人筆